SNSをやめていく人々

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ケツ毛バーガー事件はなかなか面白い事件でしたが
この一件を境にmixiを辞めたという人もいれば
それ以前からも、辞めていく人たちはいました。
そしてまた「つまらない」とブログを辞めていく人たちも。

「つまらない」と辞めていく人々の共通項
日記を書いている。

しかも淡々と今日~をしました。今日~がありました。
って小学生の日記かよ。
「つまらなくてもいからコメント下さい」って
オチもボケもないもんだから、読んだ人もつっこめない。
ツッコミがない=コミュニケーションがないからつまらない。
つまらないから辞めていく。

やっぱり人間、リアクションがないと楽しめないし続きません。
でも、誰も返せない内容を公開されても、見る方だって困るんです。
コミュニケーションっていうのはキャッチボールですから。
受け取りやすいネタを投げないとリアクションは見込めません。
もちろん、どんなネタが受け取りやすいかは、受け手によって変わりますけど。

だから、こんなまじめなことをこのブログで書くのは実は大暴投。
今までまじめなネタでコメントのあったためしがありませんwwww


受けやすいネタを書くのはもちろんのこと
共感できるコミュニティに参加するとか
他の人の日記も見てみるとか
アンケートなんかにも積極的に参加するとか

結局のところ
これまで日本人の美徳とされてきた沈黙や慎みなんてものに価値はなく、むしろ自分を苦しめるだけ。
能動的・積極的に活動してこそ、SNSなんかは面白くなっていくものなわけです。

自分の中でそういうブレイクスルーをおこせない人々がmixi/blog抜けしていくわけですよね。
でも…どこに逃げるつもりなんでしょう?

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コメント(3)

私は自分の記事にコメントがつかなくても、別段つまらなくはないですがね。自己満足って割り切ってますから(;´∀`)
まあ、日記書いている人は自分からアクションを起こさない限り、話す相手はできないということですよね。

まじめなネタの方がコメントしやすいなー(^^;

>これまで日本人の美徳とされてきた沈黙や慎みなんてものに価>値はなく、むしろ自分を苦しめるだけ。
は、SNSに関して、だよね?

確かに社会的つながりを求めるなら、ネットの場合、
発言するしかコミュニケーション取れないもんね。。

> >これまで日本人の美徳とされてきた沈黙や慎みなんてものに価値はなく、むしろ自分を苦しめるだけ。
> は、SNSに関して、だよね?

SNSに限らず、リアル社会においてもそうだと思うのよ。
これまで単一民族で、みんなが同じ思想、同じ背景を持ってた日本人だけど、格差社会の言葉が表しているのは何も賃金のことじゃない。これからは生まれも育ちも違う、同じ民族であっても全く背景の異なる人間が入り乱れていく社会が予想されるわけで。
そんな中、生き残っていくには、自分の考えはこうだ、ときちんと発言することが自分への誤解も解消してくれ、味方も増やす手段じゃないかと。
まぁ、時間はまだまだかかるだろうけど、明らかにそっちの方に進んでいくんじゃないか、進まざるを得ないと感じるんだよね。
あ、ちなみに
自己主張=他の意見を抑圧、と取る人がいるけど、ダウトね。
主張しないわ、意見を聞かないわって人もいるから、比較対象が違ってる。

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このページは、moemicが2006年12月24日 11:19に書いたブログ記事です。

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